大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和51年(あ)761号 判決 1976年11月18日

主文

原判決中「当審における未決勾留日数中一五〇日を原判決の刑に算入する。」との部分を破棄する。

その余の部分に対する本件上告を棄却する。

理由

検察官の上告趣意について

記録によれば、被告人は、本件起訴前である昭和五〇年三月一二日、本件各事実と同一性のある事実につき殺人、死体遺棄の罪名で勾留状の執行を受け、その後一、二審を通じて引き続き勾留されていたものであるが、第一審である福島地方裁判所会津若松支部は昭和五〇年八月二七日被告人を懲役一五年に処する等の旨の判決を言い渡し、これに対し、検察官及び被告人がいずれも同年九月九日控訴を申し立てたところ、原審は、昭和五一年三月三〇日各控訴を棄却するとともに控訴審における未決勾留日数中一五〇日を第一審判決の刑に算入する旨の判決を言い渡したことが認められる。そして原判決が右のとおり控訴審における未決勾留日数中一五〇日を第一審判決の刑に算入する旨言い渡した点は、その理由中の記載に照らし、被告人の控訴申立後の来決勾留の日数の一部を、刑法二一条に則り裁量により算入した趣旨であることが明らかである。

しかし、本件のように、検察官も控訴を申し立てた場合には、その後の未決勾留の日数は、刑訴法四九五条二項一号により、判決が確定して執行される際当然に全部本刑に通算されるべきものであつて、控訴裁判所には右日数を本刑に算入するか否かの裁量権が委ねられておらず、刑法二一条により判決においてその全部又は一部を本刑に算入する旨の言渡をすべきでないことは所論引用の当裁判所判例の示すところである(当裁判所昭和二五年(あ)第一四七七号同二六年三月二九日第一小法廷決定・刑集五巻四号七二二頁、昭和四八年(あ)第一一四五号同年一一月二七日第三小法廷判決・裁判集刑事一九〇号七一五頁参照)。従つて、原審が控訴審における未決勾留日数中一五〇日を本刑に算入したのは、刑法二一条の適用について右判例と相反する判断をしたものといわなければならない。この点に関する論旨は理由がある。所論のうち、大審院の判例に違反するという点は、最高裁判所の判例がある場合であるから、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

よつて、刑訴法四〇五条二号、四一〇条一項本文、四一三条但書により、原判決中「当審における未決勾留日数中一五〇日を原判決の刑に算入する。」との部分を破棄し、原判決中その余の部分に対する上告は、上告趣意としてなんら主張がなく、従つてその理由がないことに帰するから、同法四一四条、三九六条により、棄却することとして、主文のとおり判決する。

この判決は、裁判官団藤重光の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

裁判官団藤重光の反対意見は、次のとおりである。

本件においては、原審におけり未決勾留日数はすべて法律上当然に本刑に通算されるのであつて(刑訴法四九五条)、原判決が「当審における未決勾留日数中一五〇日を原判決(=第一審判決)の刑に算入する。」としたのは、かりにそのまま確定したとしても、効力を発生する余地のないものであり、検察官は直接に右の規定にもとづいて決定通算があつたものとして刑の執行指揮をするべきである。原判決におけるこの種の誤りは「違算、書損その他これに類する明白な誤謬」(民訴法一九四条参照)というべきものであつて、原裁判所は更正決定をもつて対処することができるものと解するのが相当である(団藤・新刑事訴訟法綱要・七訂版・二九七頁、二九八頁注一三。なお、団藤・刑事訴訟法綱要・昭和一八年・二八四頁注九参照)。このような明白な形式的誤謬はもともと上訴理由とはならないものというべく、もし本件のように上告があつたばあいには、上告審は、上告を棄却するとともに、その上告棄却の裁判中において、原判決の主文を更正すれば足りるのである。なお、念のために付言すれば、このような更正は形式的なものにすぎないから、更正の有無は前記のような検察官の権限には影響を及ぼさないものと考える。

多数意見は、当裁判所の判例(昭和三二年(あ)第九〇八号同三三年四月一〇日第一小法廷判決・刑集一二巻五号八六六頁)にしたがつたものであるが、わたくしは、この判例そのものに疑問をいだく(団藤・新刑事訴訟法綱要・七訂版・五一一頁、五一二頁注四。なお、横井大三・上訴・刑訴裁判例ノート(5)一一九―一三一頁、高田義文・最高裁判所判例解説・刑事編・昭和三三年度・二一八頁以下、中野次雄・警察研究四四巻二号九三頁以下参照)。もともと一部上訴は刑訴法三五七条によつてみとめられているところであるが、それは公訴不可分の原則その他の関係から、事がらの性質上、おのずから一定の制限を受けるものであつて、刑の言渡しの判決における未決勾留日数の通算の部分が独立して一部上訴の対象になりうるものとは、わたくしにはとうてい考えられない。未決勾留日数の通算の部分を切り離して、刑の言渡しの部分だけが確定するとみることは、理論的にも実務的にも不都合である。前記判例、したがつて本件多数意見も、本件のようなばあいを一部上訴とみているのではあるまい。けだし、もし一部上訴とみているのならば、「その余の部分に対する本件上告を棄却する」こともありえないはずだからである。そこで、全部上訴とみているものと解するほかないが、そうだとすれば、一部破棄・一部上告棄却はおかしいのであつて、原判決全部を破棄するべきことは当然だといわなければならない。わたくしは、いずれにせよ、多数意見を支持することができず、前記判例は変更されるべきものと考える。

(岸盛一 下田武三 岸上康夫 団藤重光)

検察官の上告趣意

原判決は、未決勾留日数算入に関し、大審院判例及び最高裁判所の判例に反して刑法二一条を適用した違法があり、その違法は判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、到底破棄を免れないものと思料する。

一、事件の経過

被告人は、昭和五〇年三月九日本件殺人、死体遺棄の事実により逮捕され、同月一二日勾留され、同月三一日本件強盗殺人、死体遺棄の罪で勾留のまま起訴された。

第一審である福島地方裁判所会津若松支部は、被告人を勾留のまま審理し、同年八月二七日、「被告人を懲役一五年に処する。未決勾留日数中一〇〇日を右刑に算入する。」との判決を言い渡した。

右判決に対し、検察官は同年九月九日量刑不当を理由に、又被告人も同日事実誤認を理由に、それぞれ控訴を申し立てたが、控訴審である仙台高等裁判所第二刑事部は、被告人を勾留したまま審理し、同五一年三月三〇日、検察官、被告人双方の主張を排斥して、「本件各控訴を棄却する。当審における未決勾留日数中一五〇日を原判決の刑に算入する。」旨の判決を言い渡した。

二、判例違反

原判決が控訴申し立て後の未決勾留日数二〇三日中一五〇日を刑法二一条により本刑に裁定通算したものであることは、その主文及び理由中の記載に照らし明らかである。しかしながら、右に述べた事件の経過により明らかなとおり、本件は検察官が控訴を申し立てた場合であるから、被告人の控訴申立が棄却されていても、検察官の控訴申し立て後、控訴審判決言渡し日の前日までの控訴審における未決勾留日数二〇三日は、刑事訴訟法四九五条二項一号により、判決が確定して本刑が執行される際、当然に全部本刑に法定通算されるべきものであつて、原裁判所には右日数を本刑に通算するか否かの裁量権が認められておらず、したがつて、刑法二一条の規定を適用して判決においてこれを宣告すべきものでないことは、刑事訴訟法四九五条二項一号と同趣旨の規定である旧刑事訴訟法五五六条一項一号に関する昭和一四年四月一四日大審院第三刑事部判決(刑集一八巻二一五頁)の示すところである。なお、刑事訴訟法四九五条による法定通算の行われる場合には、刑法二一条による裁定通算を行うべきでないとする趣旨の最高裁判所の判例(昭和二四年三月一五日第三小法廷判決・刑集三巻三号二九九頁、同四六年四月一五日第一小法廷判決・刑集二五巻三号四三九頁等)がある。よつて、原判決は、刑事訴訟法四九五条二項一号の解釈につき前記大審院判決に反する判断をし、ひいては刑法二一条の適用につき前記最高裁判所の判例に相反する判断をしたものであつて、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

以上のとおりであるから、刑事訴訟法四〇五条二号、三号、四一〇条一項本文により原判決を破棄のうえ相当の裁判を求めるため、本件上告に及んだ次第である。

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